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Political ≠ individual

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オタワに行く途中で立ち寄ったキングストンという小さい街、イギリスの風情が至る所にありとても素敵だった。このお店は150年くらい前に建っていて、床も棚も天井も照明も、すべてがアンティークで、とても可愛かった。お店の人に「ここ素敵ですね。どれくらい前からやってるの?」って聞くと、嬉しそうに内装の説明をしてくれて、そんな大事にされ感も含めて、なんて素敵なおみせ!とますます気に入ってしまった。紅茶やコーヒー、クッキーやジャムやはちみつなど、売ってるものも可愛かった。

 

今回の旅でトロントから離れてみて思ったのが、やはり小さい街は圧倒的に白人が多い。ケベックへの旅、ご飯付けなかったので自分で食料調達しなければならず、初日の朝ごはんをオタワ近くの謎の場所のマックで食べたんだけど、驚いたことにマックで働いてるのがほとんど白人だった。トロントのマックやティムホートン(カナダ最大手のコーヒー&ファストフードチェーン)なんてほとんどが有色人種なのに。別にマックで働くことがどうとかいう話ではないんだけど、単純に、ここはトロントとは違うんだな、と衝撃を受けた。

 

そういえば、人種のことで今月また思うことがあった。ある日、ジョージとの日本語レッスン後に「これから友達とバスケしに行くんだけど、見に来る?」と誘われ、公共のスポーツセンターに連れて行ってもらった。そこで彼の友達5、6人と挨拶をしたんだけど、ほぼチャイニーズだった。彼らは小学校、中学校からの友達で、こちらで生まれ育ち、英語もスラングばっかでめっちゃ速い所謂ネイティブの英語だったんだけど、それでもつるむのは同じルーツを持つ人達なんだな、と不思議に思った。

 

そこのバスケットコート1つしかなくて、勝ち残り形式で6、7チームが交代しながらゲームするんだけど、元からチームで来る人達はほとんどが同じ人種で固まっており、たまに流れのバスケットボーラーが集って多人種チームが作られる、という感じだった。別にその中ではみんなチームでがつがつバスケしてるんだけど、元から一つのチームに色々な人種がいるというのは、あまり一般的ではないようだった。

 

後日、「街にいる学生とかもそうだけど、基本的に同じ人種でつるむのってなんで?」と聞いてみたところ、「勿論学校には白人や黒人やアラブ人などの色んな人がいるし、そういう友達もいるけど、やっぱり近い友達ってなると同じ人種で自然と固まってるね」とのこと。なんかわたしは『トロント=多様性の街』として、人種関係なくみんな仲良し!みたいなイメージを持っていたのだけど、考えてみればうちのホストファミリーもほぼフィリピン人としかつるまないし、子供達もそうだし、街にいる学生達もそうだし、身近な移民系カナディアンのサンプルもそうだし、多分これはそういう文化なんだろうなと思った。

 

トロントは、というかカナダは多様性を国の売りにしており、公的な場で人種差別をするのは絶対許されないことなので、あまりそのことについていやな思いをしたことはない。ただ、そういうポリティカルコレクトネスとは離れたところ、個人の意識のところでは、やっぱり自分と同じ人種がやっぱり一番楽っていうのはあるんだろうなと思った。たとえ彼らが話すのが、他の人種と同じ英語だけだったとしても。その辺の感覚は、島国で、かつほぼ同じ人種しかいない国で育ったものとしては、よくわかんないな〜という感じだけど、そんなことを思った。